2006年 11月 29日
東京で犬と暮らすということ
僕は当然メルモが大好きです。
これはカワイイからとか癒されるとかというレベルではない。
僕はメルモの性格が好きなのである。
つまり単純にメルモは同居人としてかなりイイヤツなのである。
ああ、かなり犬バカ手記だと思っていますね。
違うんですよ、まじであいつ本当にイイヤツなんです。
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フラットという犬種のデーターの多くは、例えばメルモにはまったくあてはまらない。
ぼ〜〜っとしてるというか、かなり温和しい。
犬嫌いだけど、それにしても周りに対してかなり優しい。
もっと言えば謙虚でまったく自己主張はしない。
「ちょっと待ってて」というと限りなく待つ。
信じて貰えないかもしれないけど、ほとんど我々とは会話を含めて意志の疎通は出来る。
だから驚くほど犬と暮らしているという概念が無い。
彼女の目の表情ですべて解る・・・。

でもそれはどこまで言っても人間からのエゴに過ぎない。

もう7年以上続いているメルモとのサンポ。
面白いことに気付く。
まずかなりの確率で土の足場でウンチをする。
アスファルトと植栽されている土の斜面があれば確実に斜面に登ってウンチをする。
もしくは段差のある路肩があればその段違いを利用してウンチする。
長年それを眺めていて僕はメルモの本能を想像する。
つまり平坦な土以外の足場は、ウンチするのは自然じゃないんだと。
やっぱり用をたした後は、思いいっきり後ろ足で土を被せたいのである。
そして気張っているときの肉球の下はやっぱり土が良いのである。
そう、それがメルモ達の培われた習慣本能なんだと思う。
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たとえば雨上がり早朝の静嘉堂の森。
メルモは一心不乱に笹と草を食べる。
雨で洗われた綺麗な葉っぱを夢中でムシャムシャと食べる。
「おい、メルモいい加減にしろよ」って、そのままウンチで出てくることを
知っている僕はついついリードを引っ張って止めさせたるする。
でもこれもメルモにとってはインプットされた大事な本能である。
きっと何かしら消化機能の改善を目的とした自己治療行為であろう。

大変失礼だけど東京に住むオシャレな犬たちにどこまでこういう本能がキープされているのか不安になる。
おしゃれに表参道を歩くレトリバーは本当に幸せなのかまで思ってしまう。
僕の住む世田谷岡本の少しだけどやんちゃな環境はメルモを救っているのかもしれない。
が、当然元来あるそれを満たすものでは到底ないであろう。

先日休みだった僕は久々にメルモを多摩川に連れて行った。
泳ぎ命のメルモはダッシュで飛び込み、川を泳ぎまくり、河原を走り、枯れ草の中を探検しまくった。
それは「イイヤツなんですよ」って僕が言っているメルモとは別犬である。
体中泥だらけになり、いっぱい訳わかんない草の種を付けて、臭いメルモは思いっきり笑っている。
本当に本当に楽しそうである。
いつまでも僕が、出来る限り川の遠くに大きな枝を投げてくれることを待っている。
その汚くて臭くてどうしようもないメルモはとっても幸せそうである。
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東京で大型犬と暮らす。
じつはとっても不自然な事なのかもしれない。
僕は人間と暮らす犬を前提にメルモをトレーニングした。
でも泥だらけのメルモの方がなぜかホッとする。
だって幸せそうなメルモを感じていることが、やっぱり僕の幸せなのだから。

余談ですがその種と泥まみれのメルモを帰宅後風呂に入れたのですが。
良かれと思ったのですが、結論から言うと洗いすぎました。
それもお湯が熱すぎた・・・。
その後B医院で怒られました。
地肌の油分も取りすぎたみたいで、メルモは激しく掻いていました。

やっぱ、人間がその価値観で犬をキレイにしようなんて所詮自己満足なんでしょうか・・・。
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by kkmelmo | 2006-11-29 02:13 | dog


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