2006年 02月 15日 ( 1 )

2006年 02月 15日
最近聞かなくなった”根性”について
子供の時ずっと剣道をやっていた。
いや正しくはやらされていた。
結局、幼稚園から高校までやっていたし段位も漆塗りのマイ防具ももっている。
母が「柔道はがに股になるし耳が潰れるし、剣道がええよ」って近所の道場に連れて行った。
体が弱かったし、兄はもう始めていたし影響されて自然に通うようになった。
けどほんとうに嫌々通っていたかな・・・。
とにかく寒いし暑いそして臭い。
練習は半端じゃなくきつかったし、先生に脳天に決められて気を失ったことは日常茶飯事であった。

ところが中学生になって周りの期待の無さとは裏腹に一発で初段試験に合格した。
そのあたりから自然に剣道がメキメキと面白くなりだした。
夜中素振りなんか練習する日常が始まり、試合でも面白いように勝てるようになっていった。
ただ最後まで剣道というスポーツと根性という精神性を重ねたことは無かった様に思う。
「楽しい」がゆえに「悔しさ」が生まれ、練習に臨む繰り返しだった。
剣道は究極の個人競技だし、精神的な駆け引きで勝敗が左右されていく。
根性でその抽象的なアプローチをすべて克服できたらある意味「楽」だと思う。
決して根性っていう響きが格好悪いから拒否感がある訳じゃない。
根性っていう実態がよく分からないで独り歩きするのがナンセンスだと思うだけである。

英語で根性って訳しにくいじゃないですか。(person with guts!!)
それよりも集中力・concentrationってよく使う気がする。
はたまたpracticeとenjoyとluck、そしてdo my best!!って感じですね。
いずれにしてもストイックに我慢する感じはしないのは何故だろう。
やっぱり楽しむenjoyする感覚が在るのと無いのとでは雲泥の差があるのでは。
c0010769_21331159.jpg

昨夜スピードスケートで岡崎選手は0.05秒差でメダルを逃した。
でも試合後彼女は爽やかに笑い今までを語り、これからを語っていた。
その爽やかさはその時空を楽しめた故の充実感に満ちあふれていたように思える。
もちろん奥底にある悔しさは想像を絶するものであるに違いない。
きっとそれは封印されているし、実感できるのは彼女だけの特権であるはずだ。

妻によく指摘されるが僕もかなりの「達成感フェチ」である。
4年間をペースを乱さずアプローチし本番を集中して楽しめるアスリート。
勝っても負けてもそんな一流のアスリートたちの試合後の爽やかさに感動する。

ところで剣道は80歳の老人でも現役でできるスポーツである。
いつか再開したいなんて考えている。
「気・剣・体の一致」なんです。
[PR]

by kkmelmo | 2006-02-15 21:34 | daily scene