2006年 12月 27日 ( 1 )

2006年 12月 27日
父について。
きょう東京は嵐です。
雷がさっきから僕の前のブラインドの隙間から光る。
大雨と大渋滞、年末の東京はナーバス動いていた。

12月17日朝9時半。
僕は実家の居間でテレビでNHK日曜政治討論を観る父に話しかけた。
「何時にお寺に行くの?」
「・・・・・・・・・」
父の口から言葉が出ない。
必死で口を動かすけど言葉が出ない。
彼は情けなそうにちょっと悲しく笑っていた。
完璧な脳梗塞再発からくる失語の症状である。
僕の心臓はかなり激しく鼓動していたが頭は冷静だった記憶がある。

僕が実家に立ち寄るのは、年間約10日ほどである。
つまり実家に僕が滞在する確率は3%以下である。
その確率で父親の脳梗塞の発作に遭遇した。
やはり我が父はまだまだ「生きなさい」というこであろうか。
僕があのとき側にいなければ、確実に彼は死んでいたであろう。
僕がエライとか、彼に運があるとかじゃなくて何かエネルギーを感じるだけである。

20分後救急車で、以前入院していたK病院に向かうことができた。
サイレンをバックに車内から東京の妻に電話した。
喉がカラカラに乾いていたことを覚えている。
タクシーで病院に向かおうと思っていた浅はかさを渋滞を抜けていく救急車内から思った。
脳梗塞はいかに早急に点滴治療を開始できるかにかかっている。
幸運にも日曜ながら当直に神経内科の先生がいらして速やかに治療が始まった。
僕は何故か「食べなきゃ」って思ってB1の売店でカップヌードルを啜った覚えがある。

我が父は不死身です。
今日発症以来発したがっていた言葉が出たと、看病の妻から電話が来た。
「仕事」という単語と、孫への心配からであろう「受験」というふたつの言葉である。
妻は興奮してナースステーションに駆けていったらしい。
幸い彼の意識は飛躍的に改善している。
とにかく頭に描く言葉の発声と、右半身の回復が課題である。

先日のクリスマスイブ、先生から僕は現状の説明を受けた。
「かなり大変なリハビリが待っていますが、それを乗り越えれば驚くほど回復するでしょう」
そして彼は父に話しかけた。
「頑張って歩いて退院して下さい」
77歳の父が根性の固まりであるということを僕は知っている。

K家はお陰でクリスマスも正月もない状態です・・・。
でも今年は、素敵な幸せなクリスマスプレゼントを先生から頂いたようです。

PS:メルモは妻と実家に帰って頑張っていますが、さすがに僕はかなり寂しいですねえ。
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by kkmelmo | 2006-12-27 01:26 | daily scene