カテゴリ:daily scene( 90 )

2007年 02月 13日
最近思うこと
父の脳梗塞再発からもすぐ2ヶ月になる。
今彼は、豊中の近代的なリハビリ病院で頑張っている。
そこの療法士の方々は彼にとってほぼ孫の世代である。
「はい、お世話になります」
「いろいろ有り難うございます」
彼はまったく彼らを大事な先生とし、尊敬の挨拶をかかさない。
そんな父を誇りに思う。
そんなピュアな父の姿勢からだろうが、多くの病院関係者から暖かい関係を貰っている。

まったく右半身は動かなかったけど、今は締まりかけたエレベーターに走るまでになっている。
「K父さん!!走っちゃだめ!!」
その通りです。
でも嬉しいことです。

僕ら家族は兄家と協力して父へのケア体勢が続いている。
でも兄家の愛する姪っ子の優ちゃんは、なんと大学受験である。
さいわいイイ感じで合格の嬉しいメールが日々届いている。
がんばれ!優ちゃん。
我が家は子供もいないし、妻はメルモとともに移住して完全看病体勢をとってくれている。
我が妻ながらその優しさと、それにともなうタフさには敬服している。
彼女は、すっかり関西地区にとくに関西地区番組に詳しくなっている。

ということで、僕は久々の単身生活状態(逆単身赴任)が続いている。
日頃いかに妻に甘えた生活に慣れていたことかを痛感する次第である。
33歳まで独身ひとり暮らしの経験はあるが、やはり多忙な日々にはきついこともある。
ゴミも出すし、宅急便も来るし、洗濯、食事などなど・・・。
でもかえって燃える僕は、律儀に雑穀炊飯をし大根の味噌汁を作っている。
まあ大事な経験だなと思っている。

ウィークデイは仕事、週末は兄と調節して帰郷という日々が続いている。
大変だけど逢うたびに父は回復しているし、表情が格段に明るくなっている。
それはどんなに我々の前向きな気持ちの助けになっているか。
そんな最近の多くの移動時間にはひたすら本を読んでいる。
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なにげに新大阪駅で買った本。
ビートルズの怒濤の数年間の現場広報マンの綴った記録である。
こういうドキュメンタリーは結構現場スタッフの視点が面白い。
あまりビートルズ4人は出てこない。
あくまでもその裏方達の赤裸々な戸惑いも含めた記録である。
そのリアリティは、ちょっと同業の僕にはとても面白く思えた。
それにしても「モー娘。」のプローモーションの基本はビートルズスタッフが作った様ですね。
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これは仕事で一緒だった某ギタリストから借りました。
あまり詳細は語りませんが、なかなか興味深かった。
その赤裸々さが説得力を持った。

ビートルズも雅子様も僕も、日々の問題をいかに乗り越えていくかという事なんだろう。
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by kkmelmo | 2007-02-13 22:48 | daily scene
2007年 01月 12日
美しい国
父のケアをするK病院13F神経内科には多くの看護師さんがいる。
みんな若くてとにかく明るい。
まあ大阪の病院だからキャラも関西乗ノリだけど、凄く礼義正しく献身的だ。
かなり危険な状態だった父は、見事に回復に向かっている。
担当の朝山レジデントは「あまり例のない回復です」と仰ってくれた。
そんな父に看護師さん達は、徐々に愛を伴った厳しいモードになりつつある。
つまり全てがリハビリという考えからくる「なるべく自分でさせる」というモードである。
歩行、会話、食事、排泄、入浴。
日常では無意識に当たり前になされる行為すべてが、今の父にとってはリハビリ対象である。
「えっ、大丈夫かな・・・?」なんて弱気な僕はビビってしまうが、
彼女たちは「さあ、やりましょう!!」って細心の注意を払いながら父に行動を促す。
スピードは当然遅いが、ひとつ進歩すると「やりましたね!!」って父とハイタッチする。
父は孫のような彼女たちに確実にエネルギーをもらっている。
きっとソフトボールをやっていたに違いない小柄な柿チャンと、
美人でぽっちゃりしたわらべチャンが特に父と仲が良い。(僕があだ名をつけた)
そんな彼女たちを観ていて僕はただただ尊敬する。
お陰でベッド上で、老眼鏡をかけて胡座をかいて新聞を読む父は確実に普通に戻りつつある。

神経内科はやはり老人の患者が多い。
父のような脳梗塞からの回復を日々頑張っている方も多くいらっしゃるが、
アルツハイマーや残念ながら痴呆的な症状に陥っている方もいらっしゃる。
どうしても患者やその家族も悲観的になりがちな空間である。
その中で彼女たちの明るい励ましや、献身的な看護がどれほど大事なものかを痛感する。

今週から父は朝からリハビリ病棟で訓練に入っている。
先日僕も初めてその訓練を見学した。
理学療法士の山口先生の優しいアドバイスで父はひたむきに歩行訓練に入っている。
「このぶんだと今週中には歩けますね、ただ焦らずにいきましょう」
そんな先生の言葉に父と僕らは真剣に頷いた。
多くの患者さんが麻痺という恐ろしい症状から自力で脱出しようと頑張っている。
朝日の中そんな患者さん達を理学療法士の先生方がトレーニングしている。
僕は、素敵な職業だなって素直に思った。

阿部さんは「美しい国」を連発している。
でも毎日子供が自殺をし、切断された死体が街中にでてくる。
政治家は不明瞭な金の操作を相変わらず続けているようだ。
東京で日常のそんな情報に囲まれて暮らす僕にはなかなか「美しい国」は実感できない。
でも先日見学させて貰った朝日の中のリハビリセンターの景色は美しかった。

きっとそんな空間が増えていけば、日本は「美しい国」に近づける気がする。
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by kkmelmo | 2007-01-12 01:12 | daily scene
2006年 12月 27日
父について。
きょう東京は嵐です。
雷がさっきから僕の前のブラインドの隙間から光る。
大雨と大渋滞、年末の東京はナーバス動いていた。

12月17日朝9時半。
僕は実家の居間でテレビでNHK日曜政治討論を観る父に話しかけた。
「何時にお寺に行くの?」
「・・・・・・・・・」
父の口から言葉が出ない。
必死で口を動かすけど言葉が出ない。
彼は情けなそうにちょっと悲しく笑っていた。
完璧な脳梗塞再発からくる失語の症状である。
僕の心臓はかなり激しく鼓動していたが頭は冷静だった記憶がある。

僕が実家に立ち寄るのは、年間約10日ほどである。
つまり実家に僕が滞在する確率は3%以下である。
その確率で父親の脳梗塞の発作に遭遇した。
やはり我が父はまだまだ「生きなさい」というこであろうか。
僕があのとき側にいなければ、確実に彼は死んでいたであろう。
僕がエライとか、彼に運があるとかじゃなくて何かエネルギーを感じるだけである。

20分後救急車で、以前入院していたK病院に向かうことができた。
サイレンをバックに車内から東京の妻に電話した。
喉がカラカラに乾いていたことを覚えている。
タクシーで病院に向かおうと思っていた浅はかさを渋滞を抜けていく救急車内から思った。
脳梗塞はいかに早急に点滴治療を開始できるかにかかっている。
幸運にも日曜ながら当直に神経内科の先生がいらして速やかに治療が始まった。
僕は何故か「食べなきゃ」って思ってB1の売店でカップヌードルを啜った覚えがある。

我が父は不死身です。
今日発症以来発したがっていた言葉が出たと、看病の妻から電話が来た。
「仕事」という単語と、孫への心配からであろう「受験」というふたつの言葉である。
妻は興奮してナースステーションに駆けていったらしい。
幸い彼の意識は飛躍的に改善している。
とにかく頭に描く言葉の発声と、右半身の回復が課題である。

先日のクリスマスイブ、先生から僕は現状の説明を受けた。
「かなり大変なリハビリが待っていますが、それを乗り越えれば驚くほど回復するでしょう」
そして彼は父に話しかけた。
「頑張って歩いて退院して下さい」
77歳の父が根性の固まりであるということを僕は知っている。

K家はお陰でクリスマスも正月もない状態です・・・。
でも今年は、素敵な幸せなクリスマスプレゼントを先生から頂いたようです。

PS:メルモは妻と実家に帰って頑張っていますが、さすがに僕はかなり寂しいですねえ。
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by kkmelmo | 2006-12-27 01:26 | daily scene
2006年 12月 05日
お寺さんと僕
僕の祖父祖母は僕が小一の時亡くなった。
いまだに朝礼の時、担任の太田先生が呼びに来たのを覚えている。
心臓麻痺で急死した祖父の手を握って祖母はショック死した。
信じられないけど事実である。
焼き場まで手を繋いだままだった。

その後、父が小さな仏壇を家においた。
そしてお寺さんが毎月来てくださるようになった。
子供の時はよく分からなかったが所謂檀家となったのある。
バイクでブブブブとお寺さんが月イチで土曜日に来てくださった。
両親共働きだった我が家は、ひどいことにそのお寺さんの日を時々忘れていた。
「こんにちわあ〜〜」ってお寺さんはやって来る。
慌てた僕と兄は座布団をひっくりかえして差し出す。
お寺さんはそんな慌てた兄弟の頭をを暖かく撫でて、静かに小さな仏壇の前に座られる。
そしてキレイにキレイにお経をあげてくださる。
まったく意味解釈は解らなかったけど、そんなお寺さんのお経を聞くのは好きだった。
当然足はしびれて、よく兄とそのしびれた足先をたたき合ったものである。
浄土真宗だからきわめて解放された雰囲気だったし、お寺さんの人柄とあいまった和やかな記憶がある。

その先代のお寺さんもお亡くなりになり、今は息子さんが立派にお継ぎになっている。
特に僕の母はこの息子さんを我が息子のように気にかけていた。
きっと早くから2人の息子達が上京してしまったから、彼女にとっては思い入れがあったようだ。
その母が亡くなったときは、若きご住職が涙ながらに読経してくださった。

遠く東京で暮らす僕のお寺さんとの思い出はきわめて日常のシーンばかりである。

今実家でひとりで暮らす父にとってお寺さんは大切な存在である。
母の墓も境内にあるし、お寺のいろいろな催し物にも参加しているようだ。
彼なりに今の住職のお力になることが出来ればと世話役をかってでたりしている。
僕にとっても何かと住職が父を見ていただいていて心強い。

先日実家に帰ったとき、たまたまお寺に行く父についていった。
檀家の皆さん(若い仏教系大学生なんかもいてちょっとビックリ)がお経を読まれる。
そのささやかに清廉な気持ちになる空間が好きだ。
東京でかなり無機的な時間軸で生活しがちな僕にとっては大事な時間だった。
僕にとっての宗教は「亡き母」であるが、それを自然に感じられる一時であった。

さてさて、そしてこのお寺さんは結構な犬好きでいらっしゃる。
先代のゴールデンレトリバーが亡くなった後、奥様も落ち込まれていたと聞いていた。
そしてこのたび新しい家族が登場したみたい。

「いやああ〜〜、会っていってやってください!!」
なんてその時も奥様にお許しを頂いて奥の部屋にお邪魔すると、いましたいました!!
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バーニーの蓮(れん)である。
名前がもうお寺さんの子でしょ。
もうすぐ7ヶ月だが28キロあるのだ。
もうウヒャウヒャで、僕の耳は立派にヨダレまみれ!!
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子供の時からの写真を住職が送ってくれました。
かわいいなあ。

また母にも蓮(れん)にも会いに行かなきゃ。
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by kkmelmo | 2006-12-05 00:06 | daily scene
2006年 11月 17日
平野君
小学校6年生の時同級生に平野君がいた。
ちょっと平野君を記憶とともに描写します。
髪は柔らかい巻き毛(柔らかい天然パーマかな)
肌はそれはそれは透き通るごとく白い。
ちょっと目が細くて唇が厚いけど優しい顔つき。
今思えばその優しさは、いつも絶やさない口元のプチ微笑みからインプットされているのかも。
彼は確かあんまり成績は良くなかったし、なんたって運動オンチ。
白い綺麗な体操着(僕のは汚かったし破れてた)でドカドカ走っていた。
おっとりした性格でたとえば会話においても返事に結構時間がかかるタイプだった。
でもその口元はやっぱり優しいプチ微笑みがあって、不思議と健気にみんな彼のペースを尊重した。
昨今のいじめの状況を鑑みたときに平野君は典型的にいじめられるキャラだったと思える。
でも彼がいじめられていた記憶は全くない。

僕はそんなに仲が良かった訳でもないけど彼のことはこの歳になっても強烈に覚えている。

自然に同じ地区だったから同じ地元の中学校に通うことになった。
中学校に入学してクラブ活動を選ぶのはちょっとしたイベントである。
つまりみんな割と初めて自分の指向性や興味や展望をプレゼンし合うことになる。
僕は水泳部と剣道部と軽音楽部(エレキ禁止!?)をうろちょろしていた。
そんな中、なななんと平野君は陸上部に入った。
たしか同じ小学校からやって来たヤツらの中では結構話題になったはずだ。
僕も「おい平野〜〜、あのね陸上部ってわかってる??走るんだよわかってんの?」
なんて冷ややかに心の中で語りかけた。
でも当然平野君の中学入学を契機にしたトライアルスピリッツをみんな何気に感じていた。
でも既に中学生なりの「現実は厳しいよ〜〜っ!」て具合の冷めた論評も装備していた。

その後の平野君は、ただただ毎日グランドをひたすら走り続けた。
みんなの予想を遙かにこえるけど、彼らしい静かなガッツを感じさせながら走っていた。
最初はぎこちなかった競技ウェアもだんだんフィットしていった。
そしてそれは小学校の時の体操着とは違い、格好良く汚れていった。
あんなに白かった顔色も毎日の練習で真っ黒になり、
ふっくらとした顎も尖ってシャープになり明らかに精悍な顔つきになっていった。
そう平野君は必死で自分を改造していた。
それは周りや親から言われたんではなく、自らの何らかの克服のために走ることを選んだようであった。
確か3年生の時には100メートルを12秒台前半で走ったと評判になっていた。
最終的に部長になり試合前にダッシュをする彼の姿をグランドで見つめ、僕はかなりショックを覚えた。

平野君は多くの仲間に「やればできる」という古典的な教えをシンプルに示したくれた。

「頑張る」ってことが格好悪いと思いがちな年頃であったが、平野君の格好良さはみんな認めた。
別にその後平野君はオリンピックに出たわけでもないが、
僕にとって記憶に残る競技者であることは確かである。
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僕は小学校の時から平泳ぎの選手であった。
ツジ先生に徹底的に平泳ぎを鍛えられた。(それまでは泳げなかった)
ゆえにクロールが下手である。
もちろん泳げるけど、フォームと持久力がまったくダメである。
つまり基礎ができていない。
ということでジムのプールで格好良く美しくクロールを泳ぎ続けるオバーチャンに憧れて、
最近マジメにクロールの練習をしている。
イケメンの日体大生のフナハシ先生に基礎を教えて貰いひたすらプールに通っている。
別に試合や試験があるわけでもない。
毎回「もう、いいや」って水中で諦めそうになる。

そんな時僕はあの平野君の優しいプチ微笑みを思い出す。
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by kkmelmo | 2006-11-17 02:56 | daily scene
2006年 11月 12日
携帯日記 「スタバ・フリーク」
最近、早起き早起き!!
妻は高性能万歩計!!を付けて歩いている。
僕は自転車をスタンドから降ろしてメンテしてオイルを注したりしている。
つまり秋はK家にとってささやかにアクティブに始動なのだ。

そんなK家ブームは早朝スタバサンポ。
僕はかなりのスタバ・フリーク。
最近のお気に入りはカフェミストです。
先日ネットでスタバムックをゲットした。
なんかはまりそうでやばい予感があります。

テクテク瀬田のスタバまで歩いて近所のフラワーランドで寛ぐ。
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夫婦(みょうと)タンブラー持参ですね。
こんな引き出物もいまにあるかもねえ。
とにかく、これで40円引きね。
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朝日の中、スコーン取り合ってる。
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by kkmelmo | 2006-11-12 03:38 | daily scene
2006年 11月 08日
携帯日記
むかしLAで暮らしている時、2月くらいに何度か雨を体験した。(2月ってよく雨が降る記憶が)
もちろんビーチサイドとダウンタウンでは天気や湿気が結構ちがう広い街なのだけど。
日常は天気がよくてもなにげに排気ガスなんかでモヤッとくすんだ空や街がある。
それが雨がひとしきり降った後のロサンゼルスの朝の気持ちの良いこと!!
まさに「カリフォルニアの青い空」である。
それまであまり意識していなかったのだが、それ以来雨上がりの朝のイイ天気には敏感なのだ。
今朝はまさにそんな朝でしたね。
もう外に出ないともったいない感じがしてしまう。

きっとおなじウキウキな感じのメルモとサンポ。
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アートですね。
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アートですね2。
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僕の携帯写真頑張ってますね。
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顔に葉っぱついてるぜ。
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by kkmelmo | 2006-11-08 00:08 | daily scene
2006年 10月 05日
TVについて
テレビを見なくなってきた。
いよいよまじで本気で見なくなってきた。
うちは子供がいないから、そうなると本当に見ないから家の中が静かになる。
僕の仕事の関係で見なきゃいけないときもあるのだけど、まじで見なくなってきた。
その最大の理由は、ひとえにうるさいからだと思う。
すごく嫌な周波数でうるさいのだ、ただただ不快なのだ。
そして色も汚い色だらけだ。
加工された原色がいっぱいセットに使われてデジタルで誇張されて彩られる。
ぼけ〜〜〜っと見てられないものになっている。

民放はCMになると音量が大きくなる。
聴感上大きく感じる。
これは単純にレベルが大きくなっているというより、コンプレッサーがかかっている。
自分の仕事関係ではバンバンコンプかけてるもんなあ。
ご免なさい。
CMになるとリモコンで音量レベルを下げなくてはいけない。

どの番組をみてもおなじタレントが並んでいる。
それも僕があまり好きでない人が大抵並んでいる。
まあこれは僕の勝手だからどうでもいいのだけど、とにかくあまり面白くない。
つまりテレビを見るということがかなり疲れることになっているんだと思う。

気をつけないと番組中途中のCMを何も考えないで見ている。
「このあといよいよ〜〜〜〜」なんていうMCの後、無意識にCMが目の前で流れている。
ふと恐くなる。
だって見せられてる、縛られてる感がしたから。
大事な人生の一瞬をサラ金のバカなCMを見るようにはめられている。
あぶない、あぶない・・・。

NHKだけで充分になってるし、そう考えるとやっぱNHKは凄い。
制作体質が民放とはかなり違うが、やっぱりそのラジカルさとクオリティは認める。
受信料を払おう・・・。
つまり僕にとって地上波TVというソフトがもう末期であるということかなあ。

早起きしてメルモと40分ほど歩いてくる。
贅沢な空気を吸って、その後のコーヒーは抜群に美味しい。
その後ソファーでネットラジオをデカイ音で聞きながら二度寝をする。
凄く気持ちいい。
つまりそのひとときにTVは単なる害でしかなくなってしまった。

そういや最近まわりとTVの話が合わなくなってきた。
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by kkmelmo | 2006-10-05 01:12 | daily scene
2006年 09月 09日
一家離散
妻は夏休みで帰省中である。
僕とメルモは留守番、父子家庭状態である。
でも僕は結構忙しくてメルモに最低のケアしかできない。
サンポ行って、ゴハン作って仕事行って帰ってきてサンポ行く感じかな。
今日なんかそのあとまた仕事に行って深夜帰宅です。

健気に迎えてくれたメルモをちょっと抱きしめた。

でも明日から僕は出張である。
名古屋〜大阪〜京都〜埼玉である。
まるで桃電だ・・・。

さすがにメルモはB病院にお泊まりです。
なんか切ないんだよな〜〜、暫しの別れが・・・。
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メルモ日曜にはオカンが迎えに来てくれるからな!!
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by kkmelmo | 2006-09-09 02:16 | daily scene
2006年 08月 09日
カイ来日
やって来ました僕のマブダチ、LAはベニスビーチのサーファーボーイ、カイ来日です。
ご存じベニスのマイちゃんのご子息、つまり宝物だね。
いつの間にかカイも15才、もう僕よりもデカイのだ。
鵠沼のマイちゃんのニイニの結婚式にLA代表で来日したのである。
当然我が家に「お泊まり」ですね、これはもう儀式です。
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まずは、ちょうど某コンサートリハ中だったので連れて行った。
結構な一流ミュージシャン達がリハ中であったが、みんなカイは顔なじみ。
「おおお、カイ元気か???」
「でかくなったなあ、おれにもサーフィン教えろ!!」
「焼き肉喰いに行こう!!」
と勝手なことばかり言われてましたが、人気者ぶりを発揮ですな。
まあ、ママであるマイちゃんの人徳でありパワーがこの遠い東京でも威力発揮ですね。
プロ仕様セットでちょっとジャムってました。
おっ、ホワイトストライプスじゃん。
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晩飯は僕が用賀「古山」でお好み焼きゴチじゃあ。
いっぱい食えよ!!
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僕はゲソ&ビールという基本ですね。
ううううううううう、ウマイ〜〜〜。

帰宅後カイは僕といっぱい遊んでくれました。
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「K〜〜〜、これイイでしょ」
「わああ、いいなあ、欲しいなあ〜〜〜」
PSP自慢大会である。
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2人でオークション巡り。
「このツマミどうかな??」
「そんなのいらないよう!!」
ちなみにゲーム機のツマミを探している。
ちなみに年の差30歳!!!
ちなみに妻曰く「まったくクラスメートじゃん!!」
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今朝は台風で雨だったね。
i-SightでLAのマイちゃんとビデオチャット。
こんなナイスな親子って日本では少ないのかもね。
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メ「えええええ、カイもう帰るの〜〜〜〜」


前も書いたけど、カイは凄く綺麗でまっすぐなマインドを持った子です。
マイちゃんがそのまま写っています。
日本では毎日悲しいティーンエージャーのニュースが続きますが、
カイは何か大事な物を思い出させてくれる。

着替えで貸した僕の靴下と真っ赤なTシャツはそのまま持って行っていいぜ。
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by kkmelmo | 2006-08-09 01:07 | daily scene